人的資本経営に対する関心が高まっています。
人的資本経営とは、人材を「資本」と捉え投資を行うことで企業価値を向上させるという経営の在り方ですが、これまでの「社員一人一人の成長が企業の成長を支える」という考え方と変わりありません。
本来、人間とはどのような存在であるかということを知らずして、組織を率いることも社員を育成することも始まらないからこそ、私たち経営者にとって人間そのものに対する理解が欠かせないのです。
感情の動物
D・カーネギーの著書『人を動かす』は1936年に発売されて以降、世界中の人々に読み継がれているベストセラーです。この中でカーネギーは「およそ人を扱う場合には、相手を論理の動物だと思ってはならない。相手は感情の動物であり、しかも偏見に満ち、自尊心と虚栄心によって行動するということをよく心得ておかねばならない。」と述べています。
確かに自分のことを思い返してみると、頭の中では良くないと分かっていても止められないことや、良いと思っても行動に移せないということがあり、そこには行動することに対するネガティブな感情が働いているように思います。
それは「嫌だ」というほどのはっきりした感情ではありません。自分でも認識するかしないかという程度の微妙な感情ですが、確かにそこにあるのです。
カーネギーは「人の気持ちを傷つけることで人間を変えることは絶対にできず、全く無益である。」「他人のあら探しは、何の役にも立たない。相手は、すぐさま防御体制を敷いて、何とか自分を正当化しようとするだろう。」と述べています。
カーネギーによれば、人を動かす秘訣はこの世にただ一つ、それは「自ら動きたくなる気持ちを起こさせること」です。そのためには、人間が持つ「重要人物たらん」という欲求を満たしてあげることが必要であり、この自己重要感という欲求を満たすためには褒めることが有効だと言います。
見え透いた安っぽいお世辞にならないためには、日ごろから他人の長所に目を向けることが必要です。
この「人を動かす」が発売されてから80年以上が経っていることを思い出してください。人を動かす方法は今も昔も変わらないのです。
2つの思考モード
近年、人間が常に合理的に判断している訳ではないということは、感情に影響を受けること以外にも、人間の脳の仕組みによることが分かっています。
実は人間の脳は、情報を処理する際に「システム1・システム2」という2つの思考モードを使い分けているのです。システム1は直感的に素早く判断することから「ファスト」、システム2は論理的に注意深く考え時間をかけて判断することから「スロー」と呼ばれます。
人間の行動は様々な意思決定の結果ですが、この全てをシステム2で判断していると脳がパンクしてしまうため、場面に応じて2つの思考モードを使い分けているのです。体に良くないと頭では分かっていても遅い時間にラーメンを食べてしまうように、私たちの判断の大半はシステム1で深く意識せずに行われているのです。
システム1は疲れている時や時間が無い時、情報量が多い時、モチベーションが低い時に使われがちですが、システム2を働かせるには注意力を呼び起こさねばなりません。
社員の意識調査のためにアンケートを実施することがありますが、システム2で考えて回答してもらうためには、忙しい時期を避け、十分な時間を取るといったことが必要でしょう。論理的な解答ばかりではないことを考えると、アンケートだけに頼らずに、日々社員の行動に目を向け理解しようとすることが大切です。
人間は合理的ではないという前提以外にも、完全な人間などいないという前提も大切です。不完全だということはまだまだ可能性が眠っているという証でもあります。単なるトレンドとしてでない人的資本経営に取り組み、社員の能力を引き出し、成長を促すために、人間そのものに対する理解を深めましょう。
TOMAコンサルタンツグループ株式会社
代表取締役社長
市原 和洋
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<チェックポイント>
□私たちの判断の大半は直感的に行われる
□日ごろから社員の長所や行動に目を向け、褒めることが大切
□社員の能力を引き出し、成長を促すために人間そのものへの理解を深める