「利他」とは、自分の利益よりも他人の利益を優先し、思いやりを持って相手に尽くすことで、結果的に自分自身も幸せになれるということです。また「先義後利」は、人としての道義を最優先にしていれば、利は後からついてくるという意味です。
どちらも先に相手に貢献することが大切であることを説いた言葉ですが、皆さんは実践できているでしょうか。また、なぜ自分の利益を後回しにしなければならないのかを考えたことがあるでしょうか。
自分一人では幸せになれない
私自身は、利他の心や先義後利について学んでいながら、つい自分の利益を先に考えていることに気づくことがあります。人間である以上、自分が欲しいものを考えることは止められないことかもしれません。
しかし実は、自分が欲しいものは、他人から与えられるという形でしか手に入れることができないのです。自分一人では決して幸せになれず、他人という存在が必要だということです。この事実に気づくと、利他や先義後利についても、単なる道徳以上の意味を感じることができるのではないかと思います。
ある人の体験談です。大学卒業後、会社の営業職に就いたその人は、自分が割り当てられた営業先に毎日通ったそうです。どんなに断られ、どんなに怒られても、毎日通い続けました。上司から、毎日営業に行き続けることを厳しく命じられていたからです。しかしいくら通い続けても、誰もお客様になってくれません。折れそうになる心を何とか奮い立たせ、営業に通い続けていたそうです。
するとある日、初めてのお客様となる一人の女性が現れたのです。その女性は言いました。「あなたのために買ってあげる訳じゃないよ。自分のために買うんだよ。自分にもあなたと同じくらいの年の息子がいるから、見ていられないんだよ」と。
心の底から欲しいと思っていた初めての売上は、その女性の「自分の子供と同じ年頃のこの青年のために何かしてあげたい」という想いによりもたらされたのです。自分がどんなに欲しいものを望んでも、他人が与えてくれない限り手に入れることはできません。当たり前のことであるにも関わらず、意外と意識できていない事実ではないでしょうか。
お返ししないと気が済まない
皆さんは、贈り物を受け取った時に、何かお返しをしないと気が済まないといった気分になることがあると思います。私の妻は、自分がしたことに見合わないお礼の贈り物を戴くと、お礼に対するお返しをしようとします。止めない限り延々と続くのではないかと思いますが、この贈り物とお返しの往復こそが、昔から変わらない人間の本性なのです。
人間がつくる社会は、贈り物を受け取ってお返しをするという活動によって常に動き続けているのであり、人間が他人と共生するための時代を超えたルールなのです。そしてこのルールの下では、お返しを得るためにはまず自分が他人に与えることから始めなければいけません。
このことは、物やお金の交換だけでなく、コミュニケーションにおいても同様です。相手と話がしたければ話しかけなければいけないし、挨拶をして欲しければこちらから挨拶をしないといけません。常に「与える」というスタンスに立ち続けることがとても重要なのです。
しかしこの行為は、必ずしも自分の意図どおりに与えられているとは限りません。先の話で、初めてのお客様になることで女性が得たことは、自分の子供と同じ年頃の青年に貢献することで感じる母親としての満足でした。このことを考えると、与えるというよりも、相手より少し損をしていると思うぐらいがちょうど良いのかもしれません。何かを得た相手は、いつかお返しをしてくれることでしょう。

先ず与えるからこそ、後で得るものがあります。与えたつもりがなく損をしていても、相手は何かを得て返してくれることもあります。これらは、人間の本性に基づく人間社会の仕組みそのものです。いずれにせよ、自分の利益は常に後からついてくるものなのです。
TOMAコンサルタンツグループ株式会社
代表取締役社長
市原 和洋
代表メッセージはこちら
<チェックポイント>
□利他の心で他人のために動くことで、結果として自分にも幸せや利益が返ってくる
□自分がどんなに欲しいものを望んでも、
他人が与えてくれない限り手に入れることはできない
□自分から他人に与え、他人からそのお返しを受け取ることの繰り返しが、
人間が他人と共生する社会のルール

