『貞観政要』(じょうがんせいよう)を読んでいます。貞観政要は唐の第2代皇帝である太宗・李世民の言行録で、古くは徳川家康が愛読し江戸時代の治世に活かしたことでも知られています。今から1300年も前の書物ですが、読めば読むほど「リーダーが持つべき資質」という、今の時代にも通じる大切なことを教えてくれます。
全うすることの難しさ
貞観政要と言えば、「草創と守成、いずれが難きや」という一節がとても有名です。ある時、李世民は「国を建てる草創と、その国を維持する守成とでは、どちらが難しいだろうか」と臣下に尋ねるのですが、それに対し臣下である房玄齢と魏徴の間で意見が分かれるのです。
房玄齢は「草創の方が難しいでしょう」と答えます。房玄齢がそう考えたのは、かつて李世民に従い天下を平定するときに、大変な苦労を味わったからでした。
これに対し魏徴は「守成の方が難しいでしょう」と答えます。天下平定後に李世民に仕えた魏徴は、君主の心に驕りが生じれば必ず国家存亡の危機に陥ることを心配していたのです。
二人の話を聞いた李世民は、どちらも難しいことであると認めた上で、草創の困難が過ぎ去った今は、守成の難しさを肝に銘じ驕らないよう自制することが重要であると結論付けました。
この話は現代の企業経営にも通じるものであり、起業し事業を軌道に乗せることの難しさ、その事業を持続的に成長させていくことの難しさを表しています。どちらも違った難しさがあるのです。
しかし私は、人や組織が当初の想いを持ち続けることの難しさを考えずにはいられません。政治家や経営者、企業など、当初とは異なる評判を耳にしたり、思わぬ失敗を犯すケースがあります。こういったニュースを自分事として捉えれば、驕らず謙虚であり続けること、危機感を持ち続けることは、本当に難しいことだと考えるべきでしょう。
守成の難しさを説いた魏徴の言葉です。「初めを善くする者は誠に多いのですが、終わりまでそれを全うした者は非常に少ないのであります。天下を取るは易しく、それを守るはなんと難しいものでしょう。」私たちはこのことを、本当に肝に銘じなければいけません。
三つの鏡
李世民は自分が驕ったり威張ったりすることが無いよう、銅の鏡、歴史の鏡、人の鏡という三つの鏡を大切にしていました。
銅で鏡を作れば、自分の姿を整えたり、柔らかい表情をしているか確認することができます。歴史に学び過去の出来事を鏡とすれば、同じ過ちを繰り返さないようにすることができます。人を鏡とすれば、自分の良い所や悪い所を明らかにすることができるのです。
特に人の鏡を大切にしていた李世民は、房玄齢や魏徴といった有能な人材を多く登用し能力を発揮させるとともに、彼らの意見を広く聞いていました。李世民が名君として現代でも多くのリーダーの手本となっている理由が、ここにあります。
誰でも、自分の行いや間違いを指摘されたり、異なる意見を言われると、落ち着かない気持ちになるものです。しかし李世民は、臣下の意見を積極的に求め、自分の過ちを指摘することを求め続けました。人の心は必ず緩み怠けるようになるし、それが国家存亡の危機を招くことが分かっていたからです。

私たちが心のどこかで「社長である自分は偉いはず」と思っているとすれば、それは錯覚であり誤解です。その錯覚がある限り、人の意見を聞くことはできないし、まして人を活かしたり育てることはできないでしょう。
また、社長が自分勝手に権限を行使すれば、多くの社員は疲弊していきます。まずその錯覚を取り除き、驕ったり威張ったりしないよう自制すること、そして節度をもって適切に権限を用いること。今も昔も変わらない、リーダーが持つべき資質です。
貞観政要には他にもたくさんの学びがあり、折に触れて読み返し実践し続けることが大切です。これから読んでみたいという方には、訳文が読みやすく解説が分かりやすい『貞観政要 全訳注』(講談社)をお勧めします。
TOMAコンサルタンツグループ株式会社
代表取締役社長
市原 和洋
代表メッセージはこちら
<チェックポイント>
□驕らず謙虚であり続けることは、本当に難しいことであると認識する。
□自らの間違いも認めながら、自制心を持って権限を適切に行使することが
リーダーの持つべき資質。
□経営者は他者の意見を広く聞き、有能な人材を積極的に活用することで、
組織の成長につながる。

