経営者が亡くなると、個人の財産の手続きに加えて、代表取締役の変更登記や、株式を所有している場合は、株式の名義変更等が必要となります。経営者の会社形態によって、手続きが異なりますので、パターン別で詳細に解説していきます。
相続発生時における主な手続きの流れ
まず、望ましい相続手続きの流れを把握しておきましょう。
1.代表取締役の変更登記・届出
2.相続人調査
3.相続財産調査
4.相続方法の決定
5.遺産分割
6.財産の名義変更
この記事では以上の各手続きについて、順に解説していきます。
代表取締役の変更登記・届出
早急に行うべきことは、代表取締役不在という事態を解消するため、新しい代表取締役を決めることです。定款の規定に従って、代表取締役を選びます。
①後任の代表取締役を選定する
【取締役会設置会社の場合】
新代表取締役の選定は、取締役会で決議します。代表取締役が死亡しても現取締役が3人以上いる場合、取締役会でその中から新代表取締役を選定する決議をすることができます。ただし、代表取締役死亡により取締役が2名以下となった場合は、3名以上になるよう株主総会決議で取締役を補充した上で、新代表取締役を選定する決議をします。
【取締役会非設置会社の場合】
取締役会非設置会社の場合には、株主総会決議で選定します。
⑴新代表取締役がすでに取締役になっている場合
現取締役の中から新代表取締役を選定する場合は、株主総会で代表取締役を選定する決議を行います。
⑵新代表取締役を現取締役以外から選定する場合
新代表取締役を現取締役から選定しない場合は、まず、株主総会で新代表取締役候補者を取締役として選任する決議を行います。その後、代表取締役選定の決議を行います。
株主総会又は取締役会で代表取締役を選定したら、議事録を作成し、所轄の法務局へ代表取締役変更の登記に必要な書類を提出し、登記を行います。なお、代表取締役が死亡したことに伴い、親族が記名押印した死亡届も添付書類として必要となります。
②代表取締役の変更の届出
法務局での変更登記の後に、さまざまな届出や手続をする必要があります。
・健康保険・厚生年金の会社の代表取締役の変更届(該当から5日以内に年金事務所へ)
・金融機関の口座や保証人の変更手続
・許認可が必要な事業をしている場合、代表取締役の変更届
建設業、運送業、古物商等の許認可が必要な事業をしている場合には、速やかに代表取締役の変更の手続をしなければなりません。ただし、後任の役員では、許認可を取得するための要件を満たしていない場合には、その事業を続けることができなくなります。許認可が必要な営業をしている会社では、社長の後継者を検討する際に、許認可の要件を満たす役員人事を前もって準備しておく必要があるでしょう。
1.相続人調査
①戸籍収集と相続人調査
相続人調査とは、戸籍謄本を確認して相続人を確定し、誰が法定相続人(相続する権利がある人)であるのかを調査することをいいます。金融機関の手続きや不動産の登記等、相続手続きを行う際は、相続人を確定するために、戸籍謄本を揃える必要があります。相続人を確定させるために必要な書類は、以下の通りです。
・被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本
・被相続人の住民票の除票OR戸籍の附票
・相続人全員の現在の戸籍謄本
②相続関係図の作成
被相続人たる親の出生までさかのぼった戸籍一式及び法定相続人全員の現在戸籍が揃ったら、「相続関係説明図」(相続関係を一覧に表した図)を作成すると手続きがスムーズです。
また、平成29年から運用が開始された「法定相続情報証明制度」を利用する方法もあります。この制度は、全国の法務局に、相続関係を証明する戸籍謄本一式と「相続関係説明図」を提出し、法務局による確認を経て、法務局が「法定相続情報証明書」を発効する仕組みです。「法定相続情報証明書」は、無料で何通でも発行できますし、これを金融機関の解約払戻や相続登記に利用することができます。この証明書があれば、戸籍一式を別途金融機関や法務局等に提出する必要が無く、非常に便利です。
必要書類は以下を参照してください。
法定相続情報証明制度は以下のような場合に利用するのがオススメです。
1.金融機関の件数が多い場合(時間の短縮になります)
2.相続人の人数が多く、戸籍が複雑な場合(法務局による事前チェックをしてもらえる)
2.相続財産調査
相続発生時(死亡時)に保有している財産は、相続の対象となります。どのような財産を保有しているかについて事前に調査し、把握することで相続手続きがスムーズになります。
【相続財産の対象】
例)
・事業用資産:自社株式、事業用不動産、社長貸付金など
・個人的な資産:個人名義の自動車、ゴルフ会員権、美術品など
・その他:借入金、会社の借入金の個人保証、生命保険など
【死亡した代表取締役が株主の場合】
死亡した代表取締役が株主の場合、株式も相続財産となります。また、相続人が複数名いて、遺産分割が行われていない場合は、準共有の状態となります。
株式の準共有が発生した場合に、その相続持分の過半数の同意をもってその権利を行使する者を1人決めて、会社に対してその者の氏名等を通知しなければ、その株式の権利を行使することができません。
相続人が複数いる場合は、法定相続分に従って株式が分けられると、株式が分散し、その複数の相続人の間で会社の経営を巡った対立が起こるリスクがあります。
株式はなるべく分散させないよう、遺言書で後継者に相続させるようにしておくか、遺産分割協議書で後継者に相続させることを検討しましょう。
3.相続方法の決定
①単純相続
相続する財産の種類に限定をつけず、権利も義務もすべて承継する相続方法です。被相続人のプラスの資産もマイナスの負債も承継もすることになります。借金などの負債も相続の対象になりますので、被相続人が借金をしている場合は、相続人が被相続人の代わりに借金返済をしなければなりませんので、注意が必要です。
②相続放棄・限定承認
債務が多い場合には相続放棄・限定承認などを検討しましょう(相続を知った時から3か月以内)。
・相続放棄
遺産相続を一切せずに、放棄をすることです。プラスの資産もマイナスの負債も相続しないので、負債が資産を上回る場合は相続放棄を検討しましょう。
・限定承認
遺産内容を調査して、プラスの資産の範囲内で被相続人のマイナスの負債を弁済する相続方法です。相続人がこの方法を選択した場合は、被相続人のマイナスの債務についてプラスの資産だけから支払えば足り、不足する分を相続人の固有財産から支払う必要はありません。ただし、相続放棄をした相続人を除いて、共同相続人全員でする必要がありますので、注意が必要です。
③会社の清算
会社の債務が多い場合や会社を続けない場合は会社の清算を考えましょう。
「解散」とは、現在行っている通常の営業活動をすべて中止し、それまでに発生した債権債務を整理する活動に入るということで、「清算」とは、会社の解散後に、それまでに発生した債権債務などを整理する活動をいいます。会社を解散して清算結了をするためには、以下の手続きが必要です。
・会社の解散決議と清算人選任の決議→解散及び清算人選任登記
会社を解散するには、株主総会の決議を得る必要があります。また、解散後に会社の残務処理を行う清算人を選任する必要があります。解散と清算人選任の決議をしたら、法務局で解散及び清算人選任登記を行います。
・清算人の事務
清算人は、就任後遅滞なく、会社財産の状況を調査したうえで、解散の日における財産目録や貸借対照表を作成し、それらの書類につき株主総会の承認を受けなければなりません。
・解散のための官報公告
官報とは国が発行している機関紙です。会社の債権者は、債権を回収できないまま会社が消滅してしまうと、不利益を被ります。そこで、債権者の保護のために、解散する会社の債権者は一定期間内に申し出るべき旨の公告を官報に掲載しなければなりません。
・清算結了の登記
会社の清算手続き終了後、清算人は清算に関する決算報告書を作成し、株主総会を開催してその承認を受けます。その後、速やかに法務局で清算結了の登記をする必要があります。
また、被相続人が運営していた会社を解散する場合には税務上の申告・会社解散の届出や解散をしたことによる確定申告等の手続きも発生します。
4.遺産分割
①遺産分割の基本
相続が発生した直後の段階では、遺産は相続人全員の共有状態になっているため、相続人の中の一人が勝手に処分することはできません。相続人が遺産を受け取るためには、遺産分割の手続きを行う必要があります。
遺産分割を行うための具体的な方法としては、大きく分けて①遺言書の内容に基づく遺産分割と、②遺産分割協議等による遺産分割の2つが考えられます。
②方法
⑴遺言書の内容に基づく遺産分割
被相続人が、遺言書を残している場合には、その内容に従って遺産分割をします。遺産分割の方法については、法律上さまざまなルールが設けられていますが、これらのルールはあくまでも遺言書の内容を補完するものにすぎません。遺言書と法律のルールが食い違う場合には、公序良俗に反する内容となっていない限りは遺言書の内容が優先されます。
ただし、配偶者や子供、親については、最低限の遺産分割を受ける権利である遺留分が認められています。遺言書により遺留分が侵害されている場合には、遺留分減殺請求という手続きを行うことで本来受け取れるはずの遺産を受けることが可能となります。
【遺言執行人がいる場合といない場合】
・遺言執行者がいる場合
遺言執行者が定められている場合には、遺族に代わってその遺言執行者が遺言書の内容を実現すべく手続きを進めていくことになります。
・遺言執行者がいない場合
遺言執行者を定めていない場合でも、遺言書としては有効です。しかし、相続手続きを行う際に、遺言執行者が選任されていないと、相続人全員の戸籍謄本・実印・印鑑証明書を求められるケースがあります。
そこで、遺言書によって遺言執行者が指定されていない場合は、家庭裁判所に申立てをすることにより、事後的に、遺言執行者を選任することができます。
⑵遺産分割協議等による遺産分割遺産分割協議
1.遺産分割協議
相続人間で誰がどの財産を相続するかを協議(話し合い)します。基本的には法定相続分に従って各相続人が相続することが一般的ですが、相続人間で合意すれば法定相続分と異なる割合で相続することも可能です。
2.遺産分割調停・審判
相続人間で協議がまとまらない場合は、各相続人は家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることができ、裁判所の場で話し合うことになります。それでも相続人間で調停がまとまらない場合は、家庭裁判所の判断によって遺産分割の審判がなされます。家庭裁判所の審判は、原則として法定相続分による分割となります。
5.財産の名義変更
①不動産の名義変更
被相続人が不動産を所持していた場合は、不動産の相続登記が必要です。不動産の相続登記は、不動産が所在する地域を管轄する法務局で行います。登記申請は、司法書士に依頼するのが一般的ですが、本人による申請も可能です。基本的な必要書類については以下の通りです。
・登記申請書
参考:法務局HP「不動産登記の申請書様式について」
・遺産分割協議書
相続する不動産を全部事項証明書通りに記載した遺産分割協議書に、相続人全員が参加し、署名および実印の押印、そして、印鑑証明書の添付が必要となります。
・被相続人の除籍謄本 1通(亡くなったことを確認するため)
・被相続人の住民票の除票 1通(最後の住所の確認のため)
・不動産を相続する相続人の戸籍謄本 各1通
・共同相続人の現在の戸籍謄本
・対象となる土地の固定資産税評価証明書又は納税通知書明細(直近年度分)
②預貯金の名義変更
被相続人の名義のままである預貯金は、遺産分割協議がまとまっていない時点で、一部の相続人によって預金を勝手に引き出すことが禁止されています。このため、被相続人ガ死亡した事実を銀行が知った時点で、口座が凍結されます。必要書類については、遺言書の有り無しによって、以下の通り異なります。
⑴遺言書無し
・被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍(除籍・原戸籍)謄本
・相続人全員の現在戸籍謄本
・その他被相続人と相続人との関係を明らかにする戸籍謄本
・遺産分割協議書
・相続人全員の印鑑証明書
・預金解約・払戻依頼書(銀行所定の用紙)
・預金通帳及びキャッシュカード(あれば)
遺言書が無い場合は、相続人全員の署名・捺印が必要となるので、多くの資料が必要です。
⑵遺言書有り ※遺言執行者の指定がある場合
・遺言者の死亡記載の除籍謄本→遺言者が亡くなったことを証する除籍謄本のみで可
・遺言書
・遺言執行者の選任を証する書類(銀行所定の用紙)
・遺言執行者の印鑑証明書→相続人全員の印鑑証明書は不要
・預金解約・払戻依頼書(銀行所定の用紙)
・預金通帳及びキャッシュカード(あれば)
遺言書があり、遺言執行者が選任されていると、原則として遺言執行者が手続きを進めるため、相続人全員の承諾は不要となり、揃える書類が少なくて済みます。
【補足事項】
ゆうちょ銀行の場合、他銀行への送金ができません。払戻証書による現金引き受けはできますが、解約・払い戻しをする場合は、相続人名義のゆうちょ銀行口座を作っておくことが望ましいです。
③有価証券(株式・証券・国債)の名義変更
株式を相続する場合、原則は名義変更の手続きが必要となりますので、新たに相続人名義で口座を開設する必要があります。
⑴上場株式を証券会社に預けている場合の名義変更の手続き
・相続依頼書(証券会社の所定用紙)
・相続上場株式等移管手続書類(証券会社の所定用紙)
・取引口座開設の手続書類(証券会社の所定用紙)※相続人が手続先の証券会社の口座を持っていない場合
・遺産分割協議書または遺言書
・被相続人の出席から死亡までの戸籍謄本
・相続人全員の現在戸籍謄本
・相続人全員の印鑑証明書
・その他被相続人と相続人との関係を明らかにする戸籍謄本
⑵非上場株式の名義変更手続き
株式を発行している会社に対して、名義書換の手続を直接請求します。非上場の株式の場合は、それぞれの会社ごとの手続きとなりますので、会社によって手続きが異なります。発行した株式会社に直接問い合わせをしながら、必要書類を確認しましょう。
相続手続きは専門家に相談すべき
相続手続きは、相続税などの観点からとりあえず会社の税理士に相談しようと思う人も多いと思います。その際は、税理士のアドバイスは相続税など金銭面がメインになることが多いので注意が必要です。経営者の相続手続きは、代表取締役の変更や株式の扱い等、通常の相続手続き以上に多角的な視点で手続きを進めていかなければなりません。
TOMAでは創業から40年、税務、民法、会社法とあらゆる観点から相続手続きに関するアドバイスを続けてきました。過程で得た知見やノウハウを活用してお客様にとって最善のアドバイスを提供致します。初回相談は無料なので、相続手続きを検討している方はぜひ一度ご相談ください。