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藤間秋男の元気が出るブログ:明るく楽しく元気前向き情熱ありがとう通信

『美空ひばりと「川の流れのように」』(小林正観『宇宙を味方にする方程式』より)2949号


【美空ひばりと「川の流れのように」】

──────────────

 美空ひばりさんはずっと歌を歌ってきました。

 自分のわがままで何をしたいとは
 ほとんど言わなかった。

 こうせざるを得ない状況でやるはめになったことを、

 そのまま淡々と、ああだこうだ言わないで
 やってきただけ。

 その結果として病気になって、
 さあ、あと少しで死ぬかもしれない
 という状況になったときです。


 秋元康という人が『川の流れのように』という
 歌詞を書いて他の歌手の歌で出す予定だった。

 美空ひばりはその歌詞を見て、

「この歌を私にちょうだい」

 と言った。

 万感の思いを込めて「この歌を歌いたい」
 と思ったのです。

 そのときは、もう命が風前の灯火だった。

 ・  ・  ・  ・
 
 死ぬ半年ほど前から、美空ひばりは
 舞台に自分の足で立つことができなかった。


 だから緞帳(どんちょう)が下がっている
 状態のところに車いすで連れていってもらって、
 そこで何人もの人の手を借りて立たせてもらった。


 立たせてもらったら車いすは下がって、
 立った状態で緞帳が上がった。

 すると、歩けないはずだった美空ひばりが
 2時間ものステージで歩き回って歌ったのです。

 心臓を調べた医者が驚いた。

 2000CCしか肺の中に空気が入らないのに
 3600CCぐらいの肺活量で歌っている。

 これは理解ができないと言った。

 息が続く。

「ああ一」

 と音を伸ばすためには3600CCの肺活量が必要なのに、
 この人の肺には2000CCしか空気が入らない。


 どうして3600CCの空気が出てくるのか
 わからないと言った。

「奇跡としか考えられない」

 と、その医者は言いました。

 この死を間近にして美空ひばりが最後に歌った歌が
「川の流れのように」です。

 ・  ・  ・  ・  ・

 自分の意思で、自分のわがままで
 生きてきたのではない。

 いつの間にか知らないうちに
 女王に祭り上げられて、
 すごい人ということになったけれども、
 彼女は自分のやりたいことを押しとおすために
 人をかきわけ押しのけて
 女王にのし上がったのではない。


 やらされることを「はいはい」と言って
 やってきたら女王と言われるようになって、
 歌謡界の最高峰に立っていた。


 それを思い出したときに、
 美空ひばりは本当に万感の思いを込めて
「川の流れのように」を歌ったのだと思います。

(小林正観 著『宇宙を味方にする方程式』より) 

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