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藤間秋男の元気が出るブログ:明るく楽しく元気前向き情熱ありがとう通信

『楽しい』(大谷 翔平)第2767号


小学2年生で野球を始め、その頃からプロになりたい、かっこいいという思いは漠然とありました。


ただ、中学は岩手県の7、8チームくらいしかない中でやっていただけ。


全国大会にもほとんど縁がなかったから、自分の実力がどれくらいなのか分からなかったし、もっとうまい人がたくさんいるだろうと思っていました。


地元の花巻東高に入って、甲子園に出てからですね。


意外に(上のレベルでも)いけるんじゃないかって。


中学は一関シニアという硬式のクラブチームでプレーしました。


同級生は7,8人だけ弱かったです。


父がチームのコーチをしていました。


同じくらいの実力だったら、試合に出るのはコーチの息子より、もう一人の子になるのは当然のこと。


それを差し引いても周りが納得するくらいの実力を持たないといけない。


そういう考えは持って練習していましたね。


ただ、そんなガツガツ練習していたわけではありません。


シニアの練習は土日と水、木曜だけ。


それ以外の日は普通に友達と遊んだりしていて、自主練習をすることはなかったです。


今は好きで練習していますけど。中学時代もやればよかった。


野球が嫌いになったことはないです。


ずっと好き。


その中でも野球を始めた小学校のころが一番楽しかった。


水泳も習っていたから、平日のうち2,3日は水泳、土日が野球という感じでした。


中学時代は勝てなくて楽しくなかった。


高校2年はけがで投げられず、つまらなかった。


3年の春に甲子園に出ましたが、それでも野球を始めた頃の方がおもしろかったかな。


一番うまくなる時期だし、勝敗を気にせず、単純に楽しんでいましたから「楽しい」って大事だと思います。


今も単純に野球が楽しいです。

(大谷 翔平 朝日新聞より)

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