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藤間秋男の元気が出るブログ:明るく楽しく元気前向き情熱ありがとう通信

『おまえが日本のエースだ。まずは発信しなさい』(メール「HSコーポレーション星野 修の想い・志」より)第2554号


バレーボール・全日本女子監督 眞鍋政義氏
「おまえが日本のエースだ。まずは発信しなさい」


勝負の年である2012年4月。


ロンドン五輪に向けた女子バレーボールの日本代表の強化合宿がスタートした。


監督就任4年目。


眞鍋政義監督が記者会見で力強く抱負を口にした。


「まずは五輪世界最終予選で1位通過する。五輪本番では金メダルに挑戦したい」


眞鍋監督は48歳(当時)


大阪商業大学から新日鉄(現・堺ブレイザーズ)に進み、日本代表のセッターとして活躍した。


イタリア・セリアAのクラブチームにも挑戦し、旭化成、松下電器でもプレーした。


41歳の時に引退。


女子プレミアリーグの久光製薬の監督を経て、日本代表監督に就任した。


ソフトな印象にだまされてはならない。


データを駆使しながらも、最後は「ハートで勝負」と言い切る熱血漢である。


「団結」を強みとし、エースの木村沙織、主将の荒木絵里香、いぶし銀の竹下佳江をその気にさせ、チーム力を強化してきた。


2010年の世界選手権では3位と健闘し、「世界一」への階段を一歩ずつ着実に上がってきている。


北京五輪は翌年の就任直後、眞鍋監督は・・・


「ロンドン五輪でメダルを獲得する」


と選手たちに宣言した。


とくに2004年アテネ五輪、08年北京五輪出場の木村をエースと位置付けた。


眞鍋監督は木村にこういった。


「おまえがエースだ。ロンドンではメダルを獲るためには、階段を3つ上がらないといけない」


さらに「まず発信しろ」と。


木村は天才型。


言葉ではなく、プレーで引っ張るタイプである。


でも指揮官は、真のエースたるもの、言葉とプレーでチームをリードするのだといった。


「発信して間違ってもいい。とにかくエースの自覚をもて」と。


眞鍋監督は2011年、1対1のミーティングで木村にこういった。


「世界一のサイドアタッカーになれ。それが日本が金メダルを獲る一番の近道だ」


眞鍋監督はエースの成長に懸けていた。


木村ならできる、と踏んでいたからである。


現役のセッター時代から、まず人の力量を見る眼力が外れたことはない。


やがて、眞鍋監督はエース木村沙織を軸に据え、ロンドン五輪で銅メダルを獲得することになったのだった。


([星野]さんのブログ「HSコーポレーション星野 修の想い・志」より抜粋)


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